先のエントリで書いたが、今日の千穐楽の当日券を買おうか迷って
結局買わずに千穐楽見ずに帰った理由、
「面白くなかったから」
もちろんストーリー自体が面白いかどうかであって
作品自体の出来とは別で。
でもまあ、あと8500円追加で払って
トイレ我慢しながら息苦しい中パニ障に怯えながら
2時間半じっと座ってもう一度見るかと考えたら
「まあ……いっか」と思ったのは事実だ。
また見るメリットは、哲さんと同じ空間で過ごして
ナマ哲を更に堪能する、これだけでしかなかった。
だけれども、もしこれが胸が高鳴り心が躍る作品だったとしたら
きっと話は違っていただろう。
お金かかろうがトイレ我慢しようが当日券の後ろの席だろうが
帰宅時間が遅くなって疲れを翌日まで引っ張ろうが
もう一度、チャンスがある限り再見したに違いない。
あの舞台は、大好きな憧れの俳優が出ているというだけで
作品自体をめちゃめちゃ楽しんだかと聞かれると微妙だ。
もちろん超一流の演出家やキャストの舞台なので
こういうもんだなと思うほどには楽しんだのだが。
胸が高鳴り心躍る作品、終わりが来るのが惜しいと感じるほどで
感動して泣いてしまった作品を観た経験は、ある。
一流とは言えないような田舎の劇団のミュージカルで
感動して泣き、ワクワクで胸が高鳴った経験。
舞台じゃなくて映画でもあるよな。
今思いつくのは、劇場で観たわけじゃないけど「ロッカーズ」とか。
どっちも音楽があるから、というわけではない。
BTTF(初作)なんて何十回繰り返して見てもワクワクして飽きないし
機会があるならスクリーンで何度でもおかわりしたい作品はある。
が、昨日の舞台はそうではなかった、私にとっては。
観客で泣いてる方もいらっしゃったし
ツイッターで絶賛された方もいらっしゃるし
ツボる人にはツボっただろうが、私にはそこまでじゃなかった。
なのでツイッターで作品そのものが楽しかっただとか感動したとか
そういうことは書いていない。
川と雪の演出美術は好きなのでそこに触れただけ。
哲さんがいかに素敵かは、ここに書き殴ってりゃいい。
作品自体は否定しない。
(酷評文をなるほどなと思う面はあるけれども)
ただ、50年前に書かれたこのストーリーに共感しなかった、というだけ。
50年前というか、元ネタは300年前に書かれたものだしな。
さて、最後にずっと思ってたことを書く。
「ポスター適当すぎ」
その「テキトー感」は意識して狙ったものかもしれないけどさ。
時代劇の格好してなくても別に構わないけどさ。
普段着で突っ立ってるだけのポスター、狙ったものだとわかるよ、わかるけど
せめて4人が同じ場所で撮影したものにしようよ……。
ふたりずつ立ってるのを繋ぎ合わせただけで手抜き感が出ちまってて
安っぽさを感じてしまうし
テキトー → 手抜き感 → 舞台も手抜き?適当?と思われたら損でしょ。
いつかまた哲さんの舞台を見る機会はあるのだろうか。
今の熱が続いてるならまたおかわりもするかもしれないけれど
その作品を観てどう感じるんだろうなあ。
海外サイトで「カミノコ」見たけど、ぶっちゃけ微妙だったしなあ。
まあ、好みの問題だけなんだけどね。
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ツイッターというワードが出たので。
前のエントリで「ツイッターの鍵外しといて良かった」と書いた話。
何の気なしにS南映画祭にちょこっと触れたツイートをしたら
それに関わってる方のお目に留まったらしく
「自分がヒーヒー言いながら迷いながら頑張って作ってるS南映画祭が
こうやって誰かの心に触れてるなら嬉しい」と
引用リツイートしてくださった。
それを言うなら、私のツイートであなたを励ますことができたのなら
こっちの方が嬉しいよ。
おかげで今年のS南映画祭に行こうかと本気で考えてる。
とか、「無事に開演日を迎えられたことに感謝」みたいなツイートを
舞台の出演者の方が見つけていいねしてくださったり。
哲さんご本人でなくても、事務所の関係者とかサーチしてるかもしれんし。
ツイッターってこうやって使うものだよねえ、きっと。